おかんに手を合わす。
おかんは供養や仏様に対して、しっかりと手を合わせてきた人です。
それが手を合わされる方になるなんて・・・
と、最近は思います。
毎月のお墓掃除は10年以上一緒に行ってました。
願い事が多いこと・・・
すべては、自分のことではなく家族のことばかり。
でも、裏返せば自分のこと。
家族の悲しい顔を見たくないから、神仏頼みに執着してる人でした。
亡くなるちょっと前に、神仏頼みの執着は良くないことだと気づいたんです。
神仏に手を合わせる時は、感謝だけで良いんだと・・・
家族がもっと良いようにいくことを願うことは、良いように聞こえて本来は今の現状に感謝が足りてなかったんです。
もっともっとという思いが、不安を生み、感謝を忘れてしまってたんですよね。
いや、感謝はしてたんですが、欲の方が強かった、と言った方がいいかもしれませんね。
おかんは、何でも自分のことは後回しにする性格でしたけど、それが自分の欲に繋がってたということに理解を苦しんでたと思います。
ただ、僕がおかんに手を合わせる時、「それに気づいたわ」って言ってそうな気がするんですよ。
生前はよく、人生についてや何のために生きてるかとかをよく話してましたからね。
なんかね。
手を合わせることでキャッチボールしてるみたいで・・・
見えないボールでね。
たまに僕がとんでもないところへ投げてることもありますけど・・・(^_^)
大丈夫。大丈夫。
サポートメンバー 剛成